3.実務で多い無効原因-偽造-
遺言の偽造とは、遺言の名義人以外の者が遺言者名義で遺言を作成することをいいます。公正証書遺言の場合は、通常、公証人が遺言者の本人確認をした上で作成するため偽造ということはありません(極めて例外的な事例として、遺言の名義人になりすまして公正証書遺言を作成したという事案をニュースで見たことがある位です)。
そのため、実務上、遺言の偽造が問題になるのは専ら自筆証書遺言ということになります。自筆証書遺言の基礎知識編にあるとおり、自筆証書遺言は、公正証書遺言とは違い、証人の立ち会い・印鑑証明書等による本人確認が法律上要求されている訳ではありません。また、自筆証書遺言の要件とされる「押印」についても実印である必要はなく認印でもよいとされています。そうすると、遺言名義人以外の第三者が自筆証書遺言を偽造しようとすれば、最終的にその効力が維持されるか否かは別として、偽造自体は容易にできてしまいます。ここに自筆証書遺言が偽造されやすい原因があります。
これだけ偽造のリスクの高い制度であるので、遺言トラブルの現場にいると、自筆証書遺言は廃止した方がいいのではないかと思うこともあります。
しかし、例外的な病理的現象である偽造を理由に自筆証書遺言を廃止することは、遺言をする自由に対する制約として厳しすぎること(公正証書遺言は作成手数料がかかりますし、思いついてその場で作成できるわけでもありません)、偽造のような病理的現象については、むしろ遺言無効確認請求訴訟等により裁判所の判断を仰ぐのが制度設計として合理的であるという考えを背景に自筆証書遺言という制度が認められているようです。
弁護士の場合、取り扱う案件がほぼすべて例外的な病理的現象にあたる事案のため、自筆証書遺言は偽造されて当たり前くらいの感覚もありますが、自筆証書遺言全体の件数からすれば、偽造はごくわずかで、大半は問題なく執行され、遺言者に意思が実現されていることからすれば、現状の自筆証書遺言制度の存在にも合理性はあると思われます。
ところで、自筆証書遺言の偽造とは、遺言名義人以外の者が遺言を作成することですので、自筆証書遺言の要件との関係でいうと「自書」にあたらないということになります。本来的には、自筆証書遺言の形式違反の無効原因に含まれるのですが、実務上問題になる事例が多いので個別の無効原因として整理しています。なお、刑法で処罰される文書偽造における「偽造」とは、文書の作成名義人の意思に反して文書を作成することと言われており、そのため、文書の作成名義人の承諾を得て代筆した場合は、偽造にあたらないとされていますが、自筆証書遺言の場合は、条文上「自書」とされていますので、作成名義人の承諾を得ても「自書」の要件をみたさず無効になります。
「自書」の要件については、遺言が有効であると主張する当事者が証明することになりますので、遺言無効確認請求訴訟の場合、被告が「自書」であることの証明をすることになり、「自書」であると被告が証明できない場合、自筆証書遺言は無効になります。したがって、遺言無効確認請求訴訟において、原告が偽造の主張をする場合、自筆証書遺言が偽造であるとまでは証明できない場合でも、被告が「自書」であるとの証明ができなければ、当該遺言は無効になるという関係にあります(この点は、民事訴訟の証明責任の分配という技術的な問題ですので、あまり深く考えず「そんなもんか」という程度に読み流していただいて結構です)。
では、自筆証書遺言の偽造を証明しても無意味なのかというとそうでもありません。遺言を偽造した相続人は相続欠格になりますので、自筆証書遺言の偽造まで証明できた場合、自筆証書遺言が無効になることに加えて、偽造した相続人は相続欠格になることにより、その後の遺産分割協議に加わる資格を喪失させることができます(なお、この場合、相続欠格になった相続人について代襲相続が発生しますので、他の相続人の相続分が増加するわけではないことに注意が必要です)。
目次
- 遺言無効の基礎知識
- 実務で多い無効原因(形式違反)
- 実務で多い無効原因(偽造)
- 実務で多い無効原因(認知症)