2.認知症と公正証書遺言の場合

ア 公正証書遺言の無効確認請求訴訟に関する攻撃防御の構造

公正証書遺言の効力が無効確認請求訴訟で争われる場合、公正証書が有効であると主張する当事者が公正証書遺言の成立要件である以下の事実を主張・立証します。

公正証書遺言の成立要件

  • 証人2人以上の立ち会いがあること
  • 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること
  • 公証人が遺言者の口授を筆記すること
  • 公証人が筆記した内容を遺言者及び証人に読み聞かせる又は閲覧させること
  • 遺言者及び証人が筆記が正確であることを承認し、各自書名・押印すること(ただし、遺言者が署名できないときは公証人がその事由を付記して署名に代えることができます)
  • 公証人が、当該公正証書が上記の各要件にしたがって作成したことを付記し、署名・押印すること

これに対し、公正証書遺言が無効であると主張する当事者は、公正証書遺言の成立要件を否認するという方法と意思無能力の抗弁を主張することができます。遺言の成立要件に違いがありますが、基本的な攻撃防御の構造は自筆証書遺言と同じです。

公正証書遺言の有効性に関する争い方

  • 公正証書遺言の成立要件を否認する
  • 意思無能力の抗弁を主張する。

以上の当事者の攻撃防御の構造をまとめると次のようになります。

図9

イ 公正証書遺言の成立要件に関する反論の構造

(1)公正証書遺言について無効を主張し、その成立要件を否認する場合

否認の理由を明かにする必要があること、実務的には、否認の理由となる反対事実を詳細に主張していく必要があるのは自筆証書遺言と同様です。

以下では、認知症との関係で実務的に問題になる点が多いと思われる「口授」、「読み聞かせ又は閲覧」、「承認」についての反論の構造に言及します。

(2)「口授」に関する反論の構造

口授を否認する場合、反論として以下の事実を押さえておくことが重要です。

反論のポイントとなる事実

  • 口授を行うための身体的能力
  • 口授を行うための精神的能力

口授は遺言者が自ら行う必要があるため、当然口頭で遺言の趣旨を公証人に伝える身体的な能力が求められます。また、口授を行うには、遺言の趣旨を記憶し、理解した上で、公証人に対して伝えるための精神的な能力が必要になります(口授の精神的な能力の内容に関しては、自筆証書遺言の自書能力に関する前述の判例の考え方が参考になります)。

認知症の中核症状には、記憶障害、失語という症状がありますので、記憶障害・失語の症状の程度に照らし、口授を行うための精神的能力に問題がなかったかを検討する必要があります。具体的には、長文、複雑な遺言の場合、遺言者が口授する遺言の内容を記憶していることが可能か(短期記憶)、言葉で表現することが可能か(失語)という点を主張します。

図10

(3)「読み聞かせ又は閲覧」

読み聞かせ又は閲覧(以下「読み聞かせ等」といいます)を否認する場合、反論として以下の事実を押さえておくことが重要です。

反論のポイントとなる事実

  • 読み聞かせ等を行うための身体的能力
  • 読み聞かせ等を行うための精神的能力

読み聞かせ等とは、公証人が遺言者に対して遺言者の口授を筆記した内容を読み聞かせることであり、閲覧とは、筆記内容を閲覧することですので、これらの関する身体的能力が必要であることは口授と同様です。

また、読み聞かせ等は、遺言の内容を遺言者が聞いて理解すること又は読んで理解することを求めるものですので、遺言者に失語の症状が認められる場合、これを根拠に読み聞かせ等の要件が欠けるとの主張を検討することになります。

図11

(3)承認

承認を否認する場合、反論として以下の事実を押さえておくことが重要です。

反論のポイントとなる事実

  • 承認をするための精神的能力

承認とは、遺言者が口授した遺言の趣旨と公証人の筆記内容が同一であることを認めることをいいます。したがって、遺言者は、自分が口授した遺言内容を記憶していること、口授した遺言の趣旨と公証人の筆記内容が同一であるかを判断することがそれぞれ必要になります。

遺言者が認知症の場合、記憶障害(特に短期記憶)の程度、実行機能障害(判断力の障害)の程度によっては、承認の要件が欠けるとの主張を検討することになります。

図12

ウ 公正証書遺言の無効要件(意思無能力)に関する主張・立証の構造

公正証書遺言の無効を主張する場合、その成立要件を否認する方法のほか、遺言者が遺言作成時に意思能力を欠いていたとの主張をすることができることは、自筆証書遺言と同様です。意思無能力の抗弁に関する主張・立証の構造は、自筆証書遺言の項をご覧ください。

図13

目次

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