弁護士インタビュー:遺言無効.Com
目次
- 遺言無効.Comについて
- 遺言無効事件を取扱う理由
- よくある遺言トラブルの相談
- 不自然な養子縁組と不公平な遺言による相続トラブル
- アパート・ビル・テナント等の不動産の相続と遺言トラブル
- 同族会社の相続・事業承継と遺言トラブル
- 遠隔地の依頼者への対応について
遺言無効.Comについて
最初に遺言無効.Cоmについて簡単に紹介してもらえますか?
遺言無効.Cоmは、私が代表を務める南越谷法律事務所が運営している遺言無効事件のホームページです。
主に、自筆証書遺言と公正証書遺言について無効主張する事件について、基礎的な知識や証拠収集方法、判例の情報などを提供しています。
遺言無効事件を取扱う理由
相続専門のホームページは最近よく見かけるようになりましたが、相続という分野のなかでも更に遺言無効事件を対象にしたホームページというのは珍しいのではないでしょうか?
ほんとに珍しいと思います。
このホームページを立ち上げる際、いろいろと調べましたが、ホームページの一部で遺言無効事件について情報提供しているものはあっても、ホームページ全体が遺言無効事件に特化しているものは、このホームページ以外になかったように記憶しています。
ある意味マニアックなホームページということですね。どうして遺言無効事件に特化したホームページを立ち上げたのでしょうか?
遺言無効事件に関する情報提供や遺言無効事件を積極的に受任する弁護士が不足していると感じたからです。
最近は、相続事件に関するホームページも増えてきていて、相続全体に関する情報提供は増えてきていますが、その大半は遺産分割と遺留分に関するものです。弁護士が扱う相続トラブルのほとんどは遺産分割と遺留分ですし、そもそも、一般的な弁護士は、相続以外の分野も幅広く扱っているので相続業務の件数はそれほど多くありません。そうすると、遺言無効事件に関する関心というのもそれほど高くないため、情報提供も相続分やのホームページで教科書や実務書に書いてある程度のことを簡単に紹介する程度で済ませることが多くなると思われます。
また、この延長線上の問題として、遺言無効事件を扱ったことがある弁護士が少ないため、遺言無効事件を受任することに消極的な傾向があるように感じています。
私は、遺言無効事件を扱っているときに、このようなことを感じていたことから、遺言無効に特化したホームページを立ち上げて情報提供をしようと思ったわけです。
あと、あまのじゃくな性格なので、他の弁護士が作らないようなホームページを立ち上げたかったこともあります。
遺言無効事件に関する情報提供や積極的に受任する弁護士が少ないということはわかりました。でも、先程の説明からすると、そもそも遺言無効事件はそれほどニーズがないように感じますが、このあたりはどうなんでしょう?
ニーズは確実にあります。
確かに、遺産分割や遺留分といったある意味相続トラブルの王道の事件の件数に比べたら、遺言無効事件の件数は少ないと思います。弊所で相談を受けていても相続案件の相談10件のうち、遺言無効事件の相談は1件あるかないかだと思います。
他方で、遺言無効事件は、相続人に遺産分割や遺留分とは比較にならないくらい深刻な影響を与える事件でもあります。
遺言無効が問題になるような遺言というのは、その多くが特定の相続人を優遇し、それ以外の相続人には遺産を相続させないか、極めて少額の遺産のみを与えるという内容です。このような内容の遺言が存在した場合、優遇されなかった相続人の方は、過去の親子関係すべてが否定されたかのように感じ、精神的に混乱し、非常に苦痛に感じています。また、遺言で優遇された相続人が優遇されるに相応しい行動をしていなかった場合、その影響は更に深刻です。
また、遺言無効事件は、遺産を取得するという観点からも深刻な影響があります。例えば、特定の相続人に全財産を相続させるとの遺言が存在する場合、遺言が無効であれば法定相続分での遺産分割をすることになりますが、遺言が有効であれば遺留分を取得することができるにとどまります。両者には、遺産取得額で2倍近い開きがあり得ます。
遺産の取得額が少ないこと自体は金額の多寡の問題ですが、不公平な遺言の存在により精神的な苦痛を受けている状態で、実際に取得する遺産の額に大きな差が存在するという事実は、遺言で優遇されなかった相続人の方に更に苦痛を感じさせることになります。
このような点で遺言無効事件というのは、非常に深刻な問題を孕んだ事件です。このような事件に対して、十分な情報提供や受任する弁護士が不足しているという状況は好ましい状況ではなく、事件の絶対数が少ないとしても、相続事件を扱う弁護士が積極的に引き受けるべきだと考えています。
遺言無効事件は現状などについて教えてもらえますか?
遺言無効事件の絶対的な件数が少ないということは先程申し上げましたが、現場レベルでは、件数自体は徐々に増えていると感じています。
なにか理由があるのでしょうか?
まず、遺言の作成件数が増加したことがあると思います。
近年、相続対策がメディア、インターネットなどで提唱されるようになり、遺言の効力や遺言を作成が必要な場合というものが一般の方に浸透してきました。因果関係を検証したわけではありませんが、実際、遺言の作成件数が増加しているという状況と遺言無効事件の増加は時期的にも一致していると思います。
また、以前に比べて遺言の効力を争うきっかけがつかみやすくなったという点もあるように感じます。
近年、要介護認定制度や成年後見制度の運用が開始され、これに伴い、制度利用時の利用者の客観的な心身の状態が資料として保管されるようになりました。そのため、後日、遺言がでてきた場合に、遺言作成時の遺言者の心身の状況を確認することができるようになったとことが、遺言の効力を争うきっかけとして機能していると思われます。要介護認定制度や成年後見制度以前は、客観的資料は主にカルテ等の医療記録という状態でしたので、現在でいう認知症の状態でも、同居の家族が介護をして、財産管理も事実上行っていたという状況では、遺言者の心身の状況を客観的に立証することが困難でした。この点の変化は非常に大きいと思います。
よくある遺言トラブルの相談
遺言無効が争われるのは、どのような事例が多いのでしょうか?
遺言が無効とされる原因という観点から整理すると、遺言が偽造されたことにより無効とされる事例(自筆証書遺言の自書性の問題)と遺言者の判断能力等が低下していたことにより遺言の有効要件(意思能力や口授)を欠いて無効とされる事例に分類できると思います。
実際に遺言の無効が争われる事例としては、私の経験という限定が付きますが、後者の事例が多いです。偽造により自筆証書遺言が無効とされる事例もありますが、このような事例でも遺言者の判断能力が低下した状況に乗じて偽造がなされるという傾向がありますので、遺言無効が争われる事例のほとんどで遺言者の判断能力等の低下という状況が問題になると思います。
相談される事案という点ではどのようなものが多いでしょうか?
多くの事案で共通するのは、認知症等により判断能力等が低下した遺言者に対して、同居ないし近所に住んで介護・財産管理に関与していた相続人が主導して、自分に有利な遺言を作成するという事例です。
同居や介護をしていた相続人が遺言で優遇されるのは自然な感じがしますが問題があるのでしょうか?
同居や介護をした相続人が遺言で一定程度優遇されるというのは確かに自然な面はあるのですが、実際に相談を受ける事例では、優遇の程度があまりにも偏っているというものが多くあります。また、特定の相続人が同居・介護に関与し始めてまもなくこの相続人のみが優遇される遺言が作成されるという事例もあり、このような事例では、従前同居・介護していた相続人との関係で遺言の作成が不自然と評価されることもあります。
なるほど、同居や介護をしたからいいとは一概には言えないんですね。ところで、このインタビューを読んでいるかたの参考になるように、実際に問題になった事例を支障のない範囲で紹介してもらえませんか?
わかりました。守秘義務があるので実際の事例はご紹介しにくいのですが、過去に問題になった類型に分けて事例をご紹介します。
相談としてもよくある事例が参考になると思いますので、①養子縁組と遺言の効力が同時に問題になる事例、②収益不動産の相続で遺言無効が争われる事例、③同族会社の相続・事業承継で遺言無効が争われる事例の3つをご紹介いたします。
不自然な養子縁組と不公平な遺言による相続トラブル
では最初の事例を紹介してもらえますか。
最初の事例は、同居の相続人に遺産の全てを相続させるとの遺言を作成し、この前後に、この相続人の配偶者や子供(遺言者からみると孫)と養子縁組をするという事例です。
遺言を作成する意味はわかりますが、養子縁組までするのはどうしてですか?
養子縁組をする意味は相続紛争を想定するかどうかで変わってきます。
紛争性を想定しない場合の養子縁組というのは、専ら相続税対策で基礎控除を増やしたり、一世代飛ばして相続をするために行われています。この手法は、古典的な節税法で、相続税が身近な問題である資産家の方などで広くおこなわれています。
相続紛争を想定するとどうなりますか?
遺留分対策です。
特定の相続人の方が優遇される遺言を作ったとしても、遺留分を侵害する場合は、他の相続人から遺留分を請求された場合、これに応じざるを得ません。そこで、遺留分の割合を減らすために養子縁組を行うという発想がでてきます。
そうすると遺留分を減らすために養子縁組をするってことですか。そのような養子縁組が有効なんでしょうか?
養子縁組については、縁組意思を欠く場合には無効と民法に規定されていますが、平成29年1月31日に最高裁が節税目的の養子縁組であっても直ちに縁組意思を欠くとは言えないと判断していますので、これとの比較で言うと遺留分減少目的の養子縁組というだけで無効にはならないと考えられます。その他の事情と併せて判断することになりますね。
その他の事情とは例えばどのような事情でしょうか?
例えば、養子縁組をする合理的な必要性があったのかどうかということがあります。養子縁組をする必要性というのはここでは遺留分を減少させる必要性ですから、遺言者と相続人の関係性が重要になります。
そして、遺言者と相続人の関係性をみても、なぜ遺留分を減少させなけれならないかについて合理的な必要性が見当たらない事例があります。
どうしてそのようなことになるのでしょうか?
このような事例の多くは、遺言で優遇されている相続人が主導して養子縁組が行われているという実態があります。遺言で優遇されている相続人にとっては、他の相続人の遺留分を減少させる合理的な必要性がある、ということです。
問題は、このような合理的必要性がない養子縁組の多くは、認知症などで判断能力が低下した親に対して、その子供である相続人が強く働き掛け・主導して実現しているということです。そして、同様に遺言についてもこの相続人が主導して作成し、遺産を独占するという目的を達成することになります。
これはひどい話ですね。
全くです。このような事例では、養子縁組・遺言作成は、特定の相続人の利益のために行われており、養親となった遺言者の意思や人格は無視されているわけです。他の相続人から相談を受けると、遺産の取得分が減少したという点よりも、この点について怒りを露わにされる方が多いです。
養子縁組と遺言の事案は、事前に巧妙に準備がされており、それだけ悪質な事案も多いと感じています。このような事案については、弊所としても引き続き解決のお手伝いをして参ります。
アパート・ビル・テナント等の収益不動産の相続と遺言トラブル
次は、アパート・ビル・テナント等の収益不動産に関する相続の問題ですね。個人的なイメージとしては収益不動産を持っているような方は、相続対策に関心を持っているので遺言でトラブルになることはないようにも感じますが実際のところどうなんでしょうか?
ご指摘のとおり、収益不動産を所有しているような方は、毎年確定申告をしている関係で、税理士さんと繋がりがありますし、相続に対する問題意識を有している方も多いので、相続税対策などをいろいろと実行しているかたが多いです。
そうするとやはり遺言でトラブルにはなりにくいんではないですか?
それが必ずしもそうではないんです。
相続税の対策というのは、相続人全員にしてメリットになることなので、資金的な問題さえクリアーすれば特に抵抗なく行えるのですが、遺言というとそうはいきません。
遺言で財産の相続について決めるということは、財産の分配額という基準からみると、法定相続分での分割としない限り、特定の相続人を優遇し、他の相続人の相続分を減らすということです。遺言を作成しようとする方の頭のなかでは、おおよその遺言のイメージはあっても、それを遺言という客観的な形にすることに躊躇してしまうという心理があるようです。
そのうえ、弁護士に相談したら法律上こうだ、税理士に相談したら相続税の観点はこうだとか言われると面倒になってしまい、遺言を作成する必要性はわかりつつも、先延ばしにしているというケースは結構あります。
そうすると遺言を作成しないままになってしまうのですか?
そういったケースも結構あります。遺産分割の相談を受けていて、相当な遺産規模で税理士さんの関与もあるのに遺言を作成していないというケースは相当数お目にかかります。
他方で、家族が焦って遺言の作成を進める、というよりも主導するというケースもあります。例えば、本人が急に倒れて入院した場合や、認知症の診断を受けて、家族にとっても相続が待ったなしの問題になってきた場合などが典型です。このような状況では、家族などが本人に変わって、専門家に相談したり、公証役場に行く(公証人に出張してもらう)段取りを組んだりして、遺言が作成されます。
確かにこのような状況だったら家族が遺言作成を主導するということはありそうですね。でも、これ自体は収益不動産がないケースでも同じではないですか?
いやいや、家族の危機感が違います。
収益不動産がある場合は、金融機関から億単位で借入をしていたり、テナントから保証金を預かっていたりしており、単にプラスの財産を貰うだけという訳ではありません。また、遺産の分割方法で相続税の納税額も大きくかわってきますので、相続人である家族は必死です。収益不動産には賃借人もいますので、その管理のことも考えないといけません。
相続人である家族としては、このような問題に何の準備もなしに直面するのは非常に怖いという訳です。それで、遺言を作成することになるんですが、そもそも、将来の相続のことが具体的に心配になるような状況が生じている訳ですので、遺言を作成する方の判断能力等も低下している状況であることが非常に多いです。そこに、収益不動産の相続の特徴が加わると遺言が無効になるリスクが生じてきます。
収益不動産の相続の特徴って具体的にはどのようなものですか?
一言で言えば、財産関係が複雑ということです。
先程も触れましたが、収益不動産の場合、単にプラスの財産があるだけではなく、借入金、保証金などの債務も複数存在することがあります。また、収益不動産とは別に賃料が集積した預貯金、これを投資信託等で運用しているということが良くあります。このような財産内容を正確に把握するのは場合によっては非常に困難です。
財産関係が複雑である結果、遺言の内容が複雑になりがちだという問題もあります。
複雑な財産関係の相続で遺言を作成する場合においても、なるべく相続税を圧縮し、相続人間で揉めないようにある程度バランスに考慮して財産を相続させようとすると、どうしても遺言の内容が複雑になりがちです。
このような複雑な遺言になると、財産関係を正確に把握することが難しいことと相俟って、遺言の内容を理解できていなかったというリスクがでてきます。
有名な判例の事例では、信託銀行の行員が相続税などにも配慮した遺言の案文を作成し、これに基づいて作成された遺言公正証書が、遺言者の当時の心身の状況に照らし、複雑に過ぎており理解できていないとの趣旨で無効とされています。
収益不動産の相続に関しては、遺言の必要性は非常に高いのですが、上記のようなリスクがあるので、よく言われることですが、元気なうちに遺言を作成しておくということが一番だと思います。
収益不動産の相続案件に特徴的な問題はありますか?
相続税の申告、遺産収益(賃料)と相続債務の問題があります。
収益不動産が遺産に含まれる場合、その多くは相続税が課税される案件になります。その場合、遺言無効確認請求の準備と並行して、相続税の申告の準備もしなければなりません。遺言による相続分がないのであれば、遺言無効が確定するか遺留分を確保するまでは相続税の申告は不要ですが、一部遺産が割り当てられている場合は、相続税の申告が必要です。
相続税の申告をする場合に、税理士を単独で依頼するか、他の相続人と同じ税理士にするかなどを協議しなければなりません。
また、遺言が無効になり遺産分割をするにしても、遺言が有効となり遺留分を請求するにしても、遺産収益である賃料の分配という問題があります。そして、賃料の分配の際には、収益不動産の管理費用の精算という問題を協議することになります。賃料の分配や管理費用の精算が遺産分割終了時にまとめて行うだけであれば、楽なのですが、通常は、相続開始から遺産分割の終了までの間、ずっと問題として存在するので、なかなかに手間のかかる問題になってきます。
また、収益不動産の相続の場合、通常、不動産の建築費用の借入金、預り保証金債務、建設協力金の債務が存在します。これらの債務の帰属についても遺産分割・遺留分の協議の際、明確にしておかなければなりません。
なんだか大変そうですね。ただ、遺産分割・遺留分のどちらでも収益不動産の賃料がもらえるというのはいいですね。
収益不動産の賃料は、遺産分割・遺留分のどちらでも付随して出てくる問題なので忘れずに処理する必要があります。
遺産分割の場合は、相続開始日の翌日の賃料から分割終了までの賃料を法定相続分(又は指定相続分)に応じて取得できますが、遺留分の場合は、遺留分減殺請求をした翌日からの賃料しか取得できません。収益不動産の相続の場合は、遺言無効主張をする場合でも、早めに遺留分減殺請求をするということを検討した方がいいです。
同族会社の相続・事業承継と遺言トラブル
最後の事例が同族会社の相続・事業承継の遺言トラブルですね。同族会社の相続・事業承継では一定の傾向のようなものがあるのでしょうか?
私の経験に基づいて説明をするという限度のですので、一般的な傾向とまでは言えないかもしれませんが、同族会社の相続・事業承継では、遺言は先程説明した収益不動産の相続ほどには有力な相続対策と評価されていないように感じています。
それはどういうことでしょうか?
同族会社の場合、会社の経営者=主要な株主という関係にあるので、会社を相続させるということは単に株式を相続するだけでなく、経営者としての地位(代表取締役)を引き継ぐということを意味します。この場合、急に代表取締役を相続人に譲ってもうまくいかないため、社員や平取締役などで経験を積ませるなどした後、一定の時期に代表取締役を相続人に承継させるなど後継者の育成期間を設けるのが一般的です。
このような場合、後継者に権限を委譲するのに応じて、同族会社の株式も徐々に贈与などにより移転するということが多く行われていますので、遺言で株式の帰属を決定する必要がないというケースは珍しくありません。
いわゆる生前贈与で株式を移転するということですね。遺言よりも贈与の方が都合がいいのでしょうか?
株式を確実に移転できることと納税額をコントロールできることが大きなメリットであると思います。
遺言で株式の相続について定めた場合、後日、新たな遺言で全く別の定めをすることができますので、同族会社の後継者の立場からすると非常に不安定な面があります。他方で、贈与は、特段の定めがない限り、贈与時点で株式の移転の効力が生じますから、確実に株式を移転することができます。会社の後継者が決定している場合などは、贈与を利用するメリットが大きいと思われます。
また、贈与は納税面からもメリットがあります。同族会社の株式の価値は、不動産の評価額とは違い、会社の業績により変動しますし、会社側がある程度コントロールすることが可能です。そこで、株式を贈与するタイミングに合わせて、株価を下げる対策を実行し、税負担を減少させるということが可能になります。このようなアプローチは、会社の相続・事業承継が視野に入った会社に対して、顧問税理士から提案されることが多く、税負担は経営者にとって最も関心の高い事柄のため、広く受け入れられています。
また、後継者が会社の業績を向上させると株式の評価額も上がるため、相続税の納税額も増加してしまいます。このような株価の上昇が後継者の経営意欲を阻害しないように、経営者としての地位を譲った時期と近接して、株式を贈与などで移転するということが行われています。
なるほど。同族会社の株式については贈与という選択肢が有効だということはわかりましたが、遺言はどのような場合に利用されるのでしょうか?
私が相談を受けたケースでは、同族会社の後継者候補はいるものの決めきれない場合、後継者はいるがまだ本人が会社の経営権限を委譲するまでの気持ちはない場合などは、贈与よりも遺言が好まれています。また、収益不動産の相続でも触れましたが、本人が急に健康を害するなどしたため、相続人である家族が主導して遺言を作成する場合などがあります。
遺言無効が問題になるのは、最後にケースがほとんどですが、このケースもいくつかのパターンに分類できます。
一つ目は、会社の後継者の方が、自分が同族会社の株式を取得する内容の遺言作成を主導するというケースです。後継者の方が株式を取得するということ自体は事実経過としては自然であるため本人の心身の状態が主要な争点になることが多いと思われます。
二つ目は、上記のケースと真逆で、会社の後継者でない相続人の方が株式を相続するとの内容の遺言が作成されるケースです。会社の後継者である相続人が、他の相続人に介護を任せた場合や本人を介護施設に預けた場合等に、後継者以外の相続人が主導し、この後継者ではない相続人が株式を相続する内容の遺言が作成されることがあります。
後者の場合、同族会社の後継者である相続人は、株式を取得できなかった場合、代表取締役を解任されるなど同族会社の経営を承継できなくなる恐れが非常に高く、仮に解任されないまでも株式を相続した相続人の生殺与奪の権利を握られているため、自由に会社経営をすることができなくなります。そのため、このケースでの遺言無効確認請求訴訟は非常に熾烈な争いに発展します。
同族会社の場合、遺言の有無というのは非常に影響が大きいんですね。では、遺言の有効無効の問題の他に同族会社の相続・事業承継ではどのようなことが問題になりますか?
相続そのものの問題としては、遺産分割・遺留分に関連して、同族会社の株式の評価と分割方法の問題があります。
相続に付随する問題としては、同族会社の株式の帰属が確定するまでの議決権行使の問題があります。
それぞれの問題について簡単に説明してもらえますか?
それでは最初に同族会社の株式評価・分割方法の問題についてご説明します。
同族会社の相続とは、正確には会社の株式が相続の対象となる場合です。この株式の相続について定めた遺言が無効になった場合、同族会社の株式は未分割の遺産ということになり、相続人間で遺産分割協議を行う必要があります。その際、同族会社の株式をどのように評価するかが重要な争点になります。
でも、同族会社の相続のような案件なら、相続税申告をしているので、相続税申告時の評価額を採用すればいいのではないでしょうか?
相続税申告時の評価額を採用するという考えは、比較的簡易な評価方法として提案されることはあります。しかし、相続税申告時の評価額が遺産分割や遺留分における時価と一致するとは限りません。特に、同族会社が不動産を所有している場合は、株価が大きく変動する場合があるので要注意です。
同族会社の株式の分割方法についてはどのようなことが問題になるのでしょうか?
だれが同族会社の株式を相続するか、典型的には同族会社の後継者が株式を相続できるかという点です。
遺言が有効と判断された場合は、遺言の効力により株式を取得できるケースが大半ですので、あとは遺留分に対処するだけです。そして、同族会社の株式を取得した相続人は、遺留分減殺請求をされた場合でも、価格弁償をすれば、確実に同族会社の株式を取得することができますので、遺言が有効になった場合は、同族会社の株式の評価がとりわけ重要な争点になります。
遺言が無効になった場合はどうなんでしょうか?
この場合は、同族会社の株式の帰属を遺産分割協議(調停含む)又は遺産分割審判で決めなければなりません。
この場合、同族会社の株式を取得するには、協議で全相続人が合意するか代償分割により同族会社株式を取得する「特別の事由」があることを証明しなければなりません。協議で同族会社の株式を取得しようとすれば、評価額で譲歩することを余儀なくされるリスクはあります。代償分割をすべき「特別の事由」の有無は裁判所が判断することになるため、結論をコントロールすることが難しい面があります。
そして、同族会社の株式の相続は、その後の会社経営に大きな影響を与えることから、遺言が無効になった場合、同族会社の株式の分割方法については、熾烈な争点になることが多いです。
同族会社の株式の帰属のお話がありましたが、遺産分割・遺留分の問題が解決するまでの間の議決権行使の問題というのは具体的にどのような問題なのでしょうか?
一言でいうと同族会社の株式が準共有されている状態で、どのように議決権行使をしていくかという問題です。
準共有って何ですか?
いわゆる共有と同じようなものです。物権(不動産など)以外について共有する場合、法律上は準共有といわれています。
株式が準共有の場合の議決権の行使方法については、会社法に規定がありますが、相続で株式が準共有になった場合、そもそも議決権行使のための手続きが行われず、相続の対象となった株式以外で株主総会の決議がされるということがあります。このような場合、本来ではありえない決議がなされることがあり、相続から派生して、議決権行使について紛争が発生する事態になります。また、遺言が無効とされた場合、遺言が有効であることを前提に議決権行使がなされ、これにより成立した株主総会決議の取り扱いをどうするのかということも問題です。
こうなると相続というより、同族会社内の経営紛争みたいですね。
そうですね。むしろ、経営紛争が主で、相続が紛争のきっかけになるのかもしれません。ただ、この場合の経営紛争は、同族会社の株式をだれが取得するかで勝負がつくことになると思われますので、やはり相続紛争の一つになると思います。先ほどの話の繰り返しになりますが、やはり同族会社の相続では、株式の評価と代償分割が熾烈な争点になるということです。
私の経験から言うと、同族会社の相続紛争は相続案件の中で一番難易度が高い分野であると思います。このような案件は、必ず経験ある弁護士にご相談されることをお勧めします。
遠隔地の依頼者への対応について
遺言無効.Cоmは日本全国の相談に対応しているとのことですが、実際にはどの地域の相談が多いのでしょうか?
相談が多いのは東京、神奈川、埼玉ですね。やはり、相談や依頼する際にお住まいと依頼する弁護士の事務所までの距離を重視する傾向はあると思います。
東京、神奈川、埼玉の次に多いのはやはり関東圏になりますか?
それが、上記の3都県以外は、地理的な問題は関係がないと思えるくらいバラバラですね。あえていうと大阪、神戸など関西圏がおおいかなという印象があります。別の視点でいうと、東京圏以外では、名古屋、大阪、広島、高松、福岡、札幌、仙台といったいわゆる高裁所在地の都市在住の方からの問い合わせは多いと思います。
もっとも遠いところからの問い合わせはどちらからになりますか?
現時点では、ロサンゼルス在住の方からのご相談が最も遠方ですね。最近では、相続人の方が仕事の関係で海外に在住しているというケースが増えており、海外からネットで調べて、メールで問い合わせがあるということがたまにあります。遺産分割の相談ですが、被相続人が、生前さいたま市に住んでいて、相続人がウィーン、シドニー、ニューヨークにそれぞれ在住しているという案件の相談を受けたこともあります。
そこまで遠方な案件は例外的だと思いますが、国内で遠方の案件を受任する場合、どのように対応しているんですか?
大前提ではありますが、遠方の方の依頼でも受任に際して必ずご面談をして、事案の内容、事件処理のご意向、委任意思の確認を行っています。
打ち合わせは事務所に伺わないといけないでしょうか?
依頼者の方が遠方の場合は、事務所での打ち合わせを可能な限り、電話、メールなどで代替するようにしています。そのうえで、どうしても直接お目にかかって打ち合わせる必要がある場合(例えば、証人尋問の打ち合わせ等)は事務所にお越しいただくことにしています。
電話、メールでの打ち合わせって具体的にどのように行っているんでしょうか?
基本的には、遠方の依頼者の場合、受任案件の打ち合わせ用のメモをメールでお送りし、その際に補足説明などをしています。依頼者の方からの回答もメールでいただいていますが、内容が複雑な場合などは文章では理解しにくい場合があります。その場合は、事前に打ち合わせメモを送付し、あらかじめ時間帯を決めた上で、電話打ち合わせで補足・検討するといった対応をしています。
そうするとメールを使えないと遠方の場合は厳しいですか?
厳しいです。遠方の場合もそうですが、仕事で日中に電話をとれないというかたも多いので、最低限、連絡手段としてメールは使っていただく必要があります。
遠方や複数人でのご依頼の場合は、情報共有を容易にするためにChatworkというビジネスチャットの導入をお願いすることもあります。導入自体は非常に簡単なので、ご利用いただけるとその後の情報共有・情報管理が楽になります。
なんだかハードル高いですね。
近所に住んでいる依頼者の方がちょっと気になるからということで、事務所にお越しになるというような気軽さはないですね。
ただ、メールやチャットでの打ち合わせに慣れていれば、事務所にお越しいただく時間を減らすことができますので、打ち合わせのための時間休をとったり、休日に打ち合わせをするということをしなくて済みます。そういう意味では実は遠方の依頼者の方の方が打ち合わせに拘束される時間は少ないという利点がありますね。
遺言の無効主張をする案件は、他の相続案件に比べて遠方からの相談が多いため、弊所としても、ご来所いただく負担を減らしつつ、密にコミュニケーションをとることを心掛けています。ご遠慮なくご相談ください。